行って来ました、、
油壺は、噂の通り
鎧の兵士がうようよしてます
ちょっと、モチの木の伸び方が
異様で、、
写真には撮れませんでした、、
樹皮を剥ぐと、ネバネバしていて
それが餅よりネバネバしていたのでもちの木と、、
熊野系の神社では、御神木の代用として
用いられる事も、、、
新井城址のお堀に行く間
油壺マリーナが見えます
血塗られた海ですが、この時期は
海水浴シーズンではないので、海も綺麗です
新井城址に来る前に
葉山の、日影茶屋前にある
砦に行って来ました
ここは、三浦一族が新井城址への足止めをする為に
見張りを置いていたところです
ここを突破されないようにしてました
北条早雲が攻め込んできた時も、他からの援軍を
待ちわびていた場所です
油壺から見るとかなり遠いですが
最後の砦として、ここに残っています
草がボウボウですが、見晴らしはいいです
結局、援軍が来ず
三浦一族は、新井城で北条早雲を相手に
3年も戦ったあげく、三浦道寸義同他
自刃、討死、油壺湾への投身、、
油壺湾が血で染まり、油を流したかのような状態なので
油壺と後世で呼ばれています
北条五代記によれば
「今も七月一日には、毎年新井の城に、雲霧
おおいて日の光も定かならず、丑寅の方と末申の方より
雷かがやき出て両方光入乱れ風猛火を吹き上げ
光の中に異形異類の物有りて干戈をみたし
虚空に兵馬馳け散り乱れ天地をひびかし戦う
有様おそろしさと言うばかりなり云々」
情景がわかります
三浦道寸義同の墓があるのですが
近づけませんでした、、
主人は、行ったのですが
見れなかったそうです、、、(夫婦して、、、)
だから油壺はよそうよ
と言うのですが、行ってみたかったと言うので
ね。。
引き橋も撮りたかったのですが
早く、帰ろうとなり
寒気が収まらないので、逃げてきました、、
油壺もそうですが、観音崎の奥も
夜は、特に近づけないんですよね、、